夢追い人・・・その名は錬金術師      第4話


その当時の人たち、特に錬金術師たちは、金、銀が元素であることが判らなかったのです。現代の私たちにとって、元素を作り出すことに努力することが、むしろナンセンスであり、キリスト教的に言えば、これこそ、「神の摂理に背き、神を恐れぬ仕儀」と言えるのではないでしょうか。
とはいえ彼らは、元素とは気付かないまでも、燐、砒素、アンチモン、ビスマスを発見しました。
元素といえば17世紀半ばラボアジェ(フランス)が「これ以上分解されないものは元素である」と提唱し、33種の元素の名前を挙げました。
ここにおいて錬金術は滅びたといえます。
時はフランス革命の前夜でした。ついでに言えばラボアジェは、革命の犠牲となり死刑になったのです。その後、メンデレエフ(1834~1907)が原子の重さ(原子量)の順に並べた周期表を発表するに至り、近代の金属工学がスタートしたといえます。
夢を追い続けた男たち・・・目茶苦茶に多い著名な錬金術師達に女の名は見当たりません・・・金を作れると信じ、一生を賭けた錬金術師・・・何の成果もあげられなかった男たちを、だからといって笑い飛ばすことができましょうか?
紀元前数世紀から、17世紀に至るまで連綿と繰り返された金と銀に対する執念、執着が、男たちを突き上げ、喜んだり口惜しがったドラマを作ってきたのです。
洋の東西、時代年代を問わず、錬金術師たちのより価値のあるものをただひたすら求める姿は、現代に生きる我々技術屋に合い通ずるところがあります。
ロバート・ハッドフィールドは、1878年に高マンガン鋼を発明し、ミーハンは強靭鋳鉄を、最近では1948年、H・モローが球状黒鉛鋳鉄を発表しました。
偉大なる先人たちに並べて申し上げては大変おこがましいのですが、私を含めて金属工学に携わる者は、ことごとく現代の錬金術師と言っても良いのではないでしょうか。
我々技術屋は、より耐摩耗性を持つ鋼を、耐食性に優れた材質を得んがため、クロムだ、ニッケルだ、モリブデン、はてはバナジュムやらの添加を行い、その添加量を変えて、しかも、その材質のもつ最適な機械的、物理的性質を引き出すための熱処理サイクルを探して日々研鑚しているのです。
それは中世の彼らと合い通じる同脈の錬金術師といっても当たらずと遠からずではないかと思うのです。その求道者ともいえるスタンスは、何ら変わることなく脈々と受け継がれています。
そして、私は夢追い人の一人であることに嬉しさと、誇りを感じているのです。